いつも同じところに座っている女
○駅のホーム(朝)
駅のホームの端にあるベンチに座って、真っ白なヘッドホンをして本を読んでいる女の人がいる。
電車がホームへやってくる。電車の中から飯田昌志(26)が降りてくる。
飯田の心の声「(ヘッドホンの女を見て)いつもこの女はこの場所に座っている。俺が、今の会社に入ってかれこれもう、半年くらいになる。この女はおそらく俺が今の会社に入る、何年も前からずっとここにいるんだよ、と誰かに言われたら素直に信じてしまうくらい、風景と同化していた」
ヘッドホンの女は読書に夢中になっている。
飯田の心の声「こいつには、こいつのペースが、こいつの生き方があるんだろ。俺には、こいつに、かまってる暇なんてないのだ」
飯田がホームを後にする。
○同(夜)
飯田が顔を真っ赤にして同僚と駅のホームに降りてくる。
飯田「ちくしょう。気分で仕事してんじゃねえよ」
同僚「ちょっと飲み過ぎだぞ」
電車がホームに入ってくる。
同僚「一人で帰れるか?」
飯田「(ロレツが回ってない)大丈夫だよ」
同僚「本当かよ。俺、電車来たから、先に帰るからな」
飯田「おう、お疲れ」
同僚「とりあえず、ベンチ座っとけ(俺をベンチに座らせる)じゃあな(電車に乗り込む)」
飯田がベンチに座る。
同僚の乗り込んだ電車が発車する。
飯田がふと隣を見ると、白いヘッドホンをつけた女が本を読んでいる。
飯田「お前、こんな遅くまで何してるんだ?」
ヘッドホンの女「(本を見つめたまま)…ほっといて」
飯田「(女のヘッドホンに耳を近づけて)何聴いてるんだよ?」
飯田がヘッドホンの女のヘッドホンを取ろうと手を伸ばす。ヘッドホンの女が、飯田の行動に気がついて、ヘッドホンを取らせまいとする。
ヘッドホンの女「何するのよ!」
飯田「なんだよ。そんなに怒んなくてもいいだろ!で?なに読んでるんだよ?」
飯田がヘッドホンの女の読んでいる本をのぞき込む。ヘッドホンの女が必死で本を隠す。
ヘッドホンの女「なにしてるのよ!そんなことしたら、どうなるかわかっているの…」
ヘッドホンの女が口を押さえる。
電車がホームに入ってくる。
飯田「あっ!電車が来た(立ち上がる)じゃあな。また明日」
飯田が電車に乗り込む。
飯田の心の声「翌日、彼女の姿は、そこにはなかった…」
○同(朝)
飯田がホームに降りてくる。
ベンチには誰も座っていない。
飯田の心の声「その次の日も、そのまた次の日も、あの日以来、ヘッドホンの女は、あのベンチに現れなくなった」
○電車(朝)
飯田が座席に座って爆睡している。
電車が飯田のいつも利用している駅を発車する。
× × ×
飯田がビクッとして目を覚ます。電車の扉が開いているのを確認して、あわてて閉まりかけた扉から外へ飛び出す。
○いつもとは違う駅のホーム
飯田の心の声「俺ということが寝過ごしてしまった。今日は大事な会議だと言うのに…」
飯田が腕時計をちらっと見て走り出そうと前を見ると、ベンチに白いヘッドホンをした女が読書をしている。
飯田「あ!?」
飯田が口を押さえる。
飯田の心の声「思わず声を上げてしまった。あの女がいた。前にいた駅とは違う駅なのに、いた。それは、まるでここには、何年も前からずっとここにいた、と誰かに言われたら素直に信じてしまうくらい、風景と同化していた。今日、会議がなければ…」
飯田がヘッドホンの女の前を通り過ぎる。少し歩いてから戻ってきて、ヘッドホンの女の後ろに現れて、いきなり、ヘッドホンを取る。
飯田「久しぶり…」
ヘッドホンの女がびっくりして、飯田の方に振り返る。
ヘッドホンの女「な、何するのよ!」
飯田がヘッドホンの女が読んでいる本を取り上げる。
飯田「何、読んでるんだ?」
ヘッドホンの女「!?ちょっと…」
飯田がヘッドホンの女が読んでいた本の中身を見て動きが止まる。
飯田「…!?これは…」
ヘッドホンの女が読んでいた本には何も書かれていない。飯田が必死でページをめくっていく。全ページ白紙の本。
飯田「何、読んでるんだよ?何にも書いてないじゃないかよ!何、聞いてるんだよ!何にも聞こえてこないじゃないかよ!」
ヘッドホンの女がにやりと笑って。
ヘッドホンの女「そりゃ、そうよ」
飯田「何が楽しいんだよ?毎日、毎日、こんなことしてて」
ヘッドホンの女「…楽しいわけないじゃない」
飯田「へ?」
ヘッドホンの女「好きでやっているとでも思ってるの?」
飯田「じゃあ、何で、こんなことしてるんだよ?」
ヘッドホンの女がにやりと笑って。
ヘッドホンの女「そりゃ、私の身代わりになってくれる人を探すためよ」
飯田「??」
ヘッドホンの女が何も書いていない本と、大きな白いヘッドホンを飯田に渡す。
ヘッドホンの女「じゃあ、今日から頼んだわよ」
ヘッドホンの女がベンチから立ち上がって、ホームを歩き出す。
飯田「何だよ!ちょっと待てよ」
ヘッドホンの女が振り返る。
ヘッドホンの女「結構難しいからね、こっちからは何もしないで、向こうから興味をもってもらうのは」
終わり
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