「1・2の3まとめページ 2007.11.04」![]()
○田舎道
見晴らしの良い田舎道。
一台の国産乗用車が走っている。
○乗用車
田中和夫(25)が車を運転している。助手席には田中一郎(2)を抱いた田中宏美(25)がシュークリームを食べている。
一郎「だーだー」
和夫「おい、一郎はまだしゃべれないのか?」
宏美「あなた、危ないから前見て運転してよ」
和夫「大丈夫だって。こんだけ見通しのいい道で事故らないって」
宏美「私たちだけじゃなんだからね!!(後部座席を見て)すいません、井上さん」
後部座席に親子の姿が見える。
一郎「(和夫に向かって)だーだー」
宏美「ほら!一郎も怒ってるわよ!一郎もシュークリーム食べる?」
和夫「いやっ。笑ってるじゃないか」
宏美「違いましゅよね」
車がトンネルに入る。
一郎「(和夫に向かって)だーだー」
和夫「わかったよ。一郎」
一郎「だーだー。だーぱー。ぱーぱー」
和夫「!?(宏美を見て)聞いたか!今、一郎がしゃべったぞ!(後部座席を見て)井上さん!聞きました?今、一郎がしゃべりましたよ」
車がトンネルを抜ける。
宏美「あぶない!」
和夫が前を見ると、前からトラックが向かってくる。
クラッシュ音が響き渡る。
○タイトル「1・2の3」
○田中家・リビング(朝)
乗用車同士が正面衝突している。
画面が引くと、リクルートスーツ姿の一郎(24)が食事をしている箸を止めてテレビを眺めている。先ほどの交通事故の模様はテレビの中の出来事。
タイトル【22年後】
和夫(47)が一郎の肩を叩く。
和夫「一郎!面接は何時なんだ?」
一郎がボーッとテレビを眺めている。
和夫「一郎!」
テレビからの音「7時20分!7時20分!7時20分!」
一郎「(ハッとして)やばい!もう7時20分だ!!(ご飯を口に詰めて席を立つ)行ってきはす。(振り返り)あっ、そうだ!お母さんは?」
和夫「お母さんは出張に行ってるよ」
○同・玄関・中(朝)
一郎が革靴を履いている。
和夫がネクタイを持って玄関に現れる。
和夫「一郎!ネクタイ忘れてる!ネクタイ!」
一郎が一生懸命革靴の靴紐をしめる。
和夫「(ネクタイを差し出す)一郎!ネクタイ!」
一郎「あ!ネクタイ忘れてた!父さんありがとう」
一郎がネクタイを締めようとするが中々うまく締められない。
和夫「(ネクタイを取って)締めてやるよ。俺が締めるから。ちゃんと見栄え良く締めてあげるから」
一郎がニコッと笑って和夫に首を差し出す。和夫が一郎にネクタイを締めてあげる。
和夫「(一郎の肩を叩いて)OK!OK!OK!ばっちし」
一郎「父さんありがとう。じゃあ行ってきます」
和夫「おお!しっかりアピールしてこいよ。一郎の良さはきっと理解してもらえ…」
和夫がパッと顔を上げると一郎の姿はもう無い。
○オフィス・会議室・中
一郎とスーツを着た高橋律子(23)と若い男がパイプ椅子に座っている。みんな落ち着きが無い。
扉が開いて面接官が入ってくる。
一郎以外の人が一斉に立ち上がって面接官に会釈をする。一郎が遅れて立ち上がる。
一郎「よろしくお願いします」
面接官「お待たせいたしました。それでは面接を始めさせていただきます」
男女「よろしくお願いします」
一郎「(少し遅れて)よろしくお願いします」
面接官「それでは順番に自己紹介をしてもらいますか。それじゃあ…そちらの女性の方からどうぞ」
律子「えっと、えっと」
面接官「緊張なさらないでいいんですよ。まずはお名前からどうぞ」
一郎「(立ち上がる)田中一郎。24歳です。好きな映画はアイ・アム・サムです…」
面接官「(遮って)まだあなたの番じゃないですよ。そちらの女性の方からですよ」
律子が一郎の顔を見て笑顔になる。
律子「高橋律子23歳です。以前まで販売員をしていましたが、御社の経営理念に惹かれ、御社の元で働きたいと思いました」
面接官「ほおー。弊社の経営理念に。なるほど、ちなみに弊社の経営理念はどこで知られたのですか?」
一郎「(立ち上がって)田中一郎。24歳です。好きな映画は…」
面接官「(遮って)ちょ、ちょ、ちょっと、まだ君の番じゃないからね。すいません。どうぞ。続けて」
律子「はい。日経新聞のコラムでふれる機会がございまして。そこで興味を持って本屋に行きまして、御社の会長が書かれている著作を拝見いたしました」
面接官「ほー。では弊社の経営理念のどのような点に共感していただいたのですか?」
一郎「(立ち上がって)田中一郎・24…」
面接官「(遮って)君!出て行きなさい!」
○診察室(回想)
『診察室』と書かれた扉。
タイトル「17年前」
和夫(30)と医者が対面で座っている。一郎(7)が診察室を走り回っている。
和夫「それで、診断の結果は…?」
医者「一郎君は…」
一郎「ひゃぁ(ベッドの上を飛び跳ねる)」
和夫「一郎!病院の中で暴れちゃダメ!」
医者「一郎君はあの事故で…」
一郎「うひゃひゃ(暴れる)」
和夫「一郎!病院の中で暴れちゃダメって!」
医者「(咳払いをして)あの事故で一郎君は記憶に…」
一郎「ひゃひゃひゃあ(暴れる)」
和夫「一郎!病院で暴れちゃダメって言ってるだろ!何回言えばわかるんだ!」
医者「三回です」
和夫「へ?」
和夫が振り返ると、一郎はおとなしく椅子に座っている。
医者「非常に珍しい症状なのですが、あの事故で一郎君は記憶に若干の傷害を持ったらしく、物事を理解するのに最低三回は同じ事を繰り返し聞かないと記憶として定着しないようです」
和夫「どういう事ですか?」
医者「簡単に言うと一郎君には同じ事を三回言ってあげてください。同じ事を三回経験させてください」
和夫「先生!それは治る病気なのですか?」
医者「前例が無い症状ですので…」
和夫「…」
一郎「(笑)」
和夫「一郎帰るぞ(立ち上がる)」
医者「まだ診察は終わって無いですよ」
和夫「時間無いんでみんなが一日24時間でも、一郎は一日8時間何で。一郎にはみんなの三倍の経験をさせてやらないと…。仕事も、恋愛もみんなの三倍経験させてやりますようーんと密度の濃い奴をね。よし!一郎帰ったらいっぱい遊ぼうな」
一郎「…」
和夫「帰ったら遊ぼうな」
一郎「…」
和夫「帰ったらお父さんといっぱい遊ぼうな」
一郎「イエーイ」
○公園(夕)
一郎が近所の子供達と一緒に遊んでいる。
夕方を知らせる放送が流れる。
子供「あ。じゃあ帰るねバイバイいちろー」
一郎「またね(手を振る)」
子供達の姿が見えなくなる。
一郎「(ベンチに座る)はぁー(ため息)」
男の声「なぁに落ち込んでるんだよ」
井上(24)が笑顔で一郎を見つめている。
一郎「あっ!井上!」
井上「井上じゃ無いって言ってるだろ。俺の名前は…」
一郎「こんなところで何してるの?」
井上「それは俺のセリフだろ何落ち込んだふりしてるんだよ」
一郎「井上。なんでこんな所にいるんだよ」
井上「だから…俺の名前は井上じゃ無いってま、いいや。で、何で落ち込んでるんだよ」
一郎「え?俺、落ち込んでた?」
井上「まあ、だてにお前とは24年も付き合ってないからな。落ち込んでたよ。間違いなく、一郎は落ち込んでた。落ち込みまくってたよ」
一郎「そうかぁ」
井上「どうかしたのか?もしかして、また面接に落ちたとか?就職に失敗したとか?それとも就職が決まらなかったとか?」
一郎「うん…」
井上「本気で落ち込むなよ。なんか俺が悪いこと言ったみたいじゃんかよ」
一郎「…ごめん。でも俺…仕事すれば出来ると思うんだけどな。お家の手伝いとかもちゃんと出来るし…」
井上「そうだよな」
一郎「やっぱり俺には無理なのかな?」
井上「…」
一郎「父さんはなんかあるたびに俺を働かせようとするし。何かあれば彼女出来た?って。どうせ俺なんか…」
井上「…」
一郎「ところで井上。こんなところで何してるの?」
井上「あっそうだよ。コンパだよ。コンパのお誘いに来たんだよ。コンパ行こう」
一郎「コンパぁ?」
○居酒屋・中(夜)
女の子が3人。男が一郎と井上を入れて4人。向かい合わせで座っている。
一郎「なぁ!井上!何これ?」
井上「コンパだよ。コンパ。ザッツコンパ。まず挨拶しないと、はい挨拶、挨拶」
一郎「あ、ああ初めまして田中一郎24歳。好きな映画は『アイ・アム・サム』です」
女の子達「かわいい」
井上「でしょ?俺の親友なんですよ。どうぞよろしくお願いします(辺りを見回して)あれ?ところで、女の子って4人来るんじゃなかったっけ?」
女の子「ああ。何か遅れるって…」
井上「そっか。まあしょうがないか。とりあえず乾杯しようか。みんな酒持った?右手に酒持って。目の前の酒持って」
女の子「持ってるつーの。つーかしつこいっつーの」
一郎「井上ぇ、コップ持ったよ」
井上「よし。じゃあ。乾杯」
みんな「乾杯」
ガヤガヤと室内が盛り上がってくる。
井上「ってか、一郎。俺もう、井上って名前じゃな…」
律子が襖を勢いよく開けて、居酒屋の中に入って来る。
律子「ごめーん。遅れちゃって」
井上「(ビクッとして)びっくりしたぁ」
律子「(一郎を見て)あー何でいるの?」
井上「一郎の知り合いか?」
律子「あなたに言ってるのよ。あなたに。なんであなたこんな所にいるの?」
一郎「俺?」
井上「一郎。知り合いか?前に会ったことがある知り合いか?」
一郎「(小首をかしげて)わかんない」
律子「(一郎の隣に座って)この前はありがとうね。君のおかげで面接受かったわよ」
一郎が不思議そうな顔をする。
律子「田中一郎24歳。好きな映画は『アイ・アム・サム』だっけ?」
周りががやつく。
一郎「え?なに?」
律子「田中一郎君24歳。好きな映画は『アイ・アム・サム』でしょ?」
一郎「え?」
律子が一郎に寄り添って手を一郎の耳元に当てる。
律子「田中一郎24歳。好きな映画は「アイ・アム・サム』です」
一郎「何で知ってるの?」
律子「何でって面接よ…。覚えてないの?一郎君のおかげでリラックス出来きて面接に臨めたのよ。ありがとう」
一郎「面接ってもしかして…」
律子「(店員に)私、生中で!生中一つね!」
一郎「この前の面接の…」
律子「(前に座っている女の子に)きゃー。久しぶり元気してた?」
女の子「律子!久しぶりぃ。彼氏出来た?」
律子「出来てたらこんな所来ないわよ」
女の子「そうよね」
律子「…そうよね」
一郎「あの…この前の面接の…!?(驚)」
律子「(号泣)男っていっつもそうよ。結局体目当てだったのよ…」
井上「なんだよ…なんで泣いてるんだよ…」
店員「お待たせしました。生中です」
律子「(満面の笑みで)はい。はい。私のでーす」
井上「変な女…」
一郎「惚れた…」
井上「へ?」
一郎「(律子の肩を掴んで)今週の日曜日渋谷で映画見ませんか?お昼の13時から」
律子「へ?」
井上「すいません。気にしないでください。こいつたまに変な行動するんで。一郎!何やってるんだよ!」
律子「いいわよ」
井上「え!?」
律子「13日の日曜日13時渋谷ね。ハチ公前でいい?」
一郎がにっこりと微笑む。
○田中家・リビング
一郎が食事をしながらテレビを見て笑っている。壁に掛けられた日めくりカレンダーは13日の日曜日。カレンダーの上にかけられた時計は11時半を指している。
和夫がリビングに現れる。
和夫「一郎、日曜日なのに、家でボーッとしてて何か予定無いのか?友達と遊ぶ予定とか…デートする予定とか?」
一郎「予定?別に」
和夫「じゃあちょっと頼まれてくれないか?頼み事があるんだけど?ちょっといいか?」
一郎「【いいとも】終わってからじゃダメ?」
和夫「ダメダメダメ」
一郎「わかったよ(辺りを見回して)あれ?お母さんは?」
和夫「お母さんは出張に出かけたって」
一郎「ああそっかで、頼み事って何?」
和夫「買い物行ってきて欲しいんだけど…買い物に…おつかいに…」
一郎「わかった。何を買ってくればいいの?」
和夫「ちょっと遠いんだけ…」
○渋谷・ハチ公前
一郎が手にメモ用紙を持ちながら渋谷駅の改札から出てくる。
一郎「シュークリームを買ってくる。シュークリームを買ってくる…」
渋谷駅のスクランブル交差点にある巨大モニターに14時の表示が出ている。
律子が一郎の目の前に現れる。
律子「遅かったじゃない」
一郎「!?あー!君どっかで会ったよね」
律子「何それ?新しい言い訳?」
信号が青になり一郎が渡ろうとする。
律子「ちょっとどこ行くの?映画館はこっち」
律子が一郎の手を引っ張っる。
一郎「ずいぶん積極的なんだね。お父さんが言ってたよ、女の子は…」
律子「(腕時計を見て)ちょっと走るわよ」
律子が一郎の手を握って走り出す。
一郎「シュ、シュ、シュークリーム…」
○同・映画館・チケット売り場
一郎と律子がチケット売り場の前でハアハア言っている。
律子「間に合ったぁ。良かったね(笑)」
一郎「!?う、うん」
律子「早く買ってきて」
一郎「!?」
律子「遅れてきたんだからチケット代くらい払いなさいよ」
一郎「俺遅れたの?」
律子「わかったから。取りあえずチケット買ってきて。言い訳は後で聞くから。早くしないと始まっちゃうでしょ?ほら、早くチケット買ってきて」
一郎「でも、俺、お金が…(ポケットに手を突っ込む。お金が出てくる)あれ?」
律子「早く(一郎の背中を押す)」
○喫茶店・中
律子と一郎が向かい合って座っている。
律子「楽しかったね」
一郎「う、うん」
律子「特に最後のシーンが…あれ本当最高…」
一郎「あのさ…」
律子「ん?」
一郎「お父さんから聞いたんだけど…これってもしかして…デートなの?」
律子「ん?まあ…そうかな」
一郎「…デートなの?」
律子「そうかな」
一郎「デー…」
律子「そうよ!デートよ!デートいい?これで?満足?」
一郎「デートかぁ。…そうかぁ」
律子「なんなのよ」
一郎「んー?(宙を見上げて考える)」
律子「どうしたの?」
一郎「(律子を見つめて)結婚してください」
律子「へ?」
一郎「俺、家族大好きなんで、それで、出来れば、俺の家族とも一緒に住んでください」
律子「ちょっと待って!ちょっと待って!」
一郎「うちの家族、とってもいい人達だからきっと大丈夫だよ」
律子「ちょっと待ってって!何の話?」
一郎「デートは好きな人同士でするもん何でしょ?じゃあ。結婚しちゃえばいいじゃん。それでいつ頃結婚式を…」
律子「ちょっと、人の話聞いてるの!?」
一郎「え?」
律子「何、勝手に話進めてるのよ!!何なの?一回映画一緒に見たくらいで結婚って!バカにしないでよ!!(席を立つ)」
一郎「ちょっと…」
律子「もう私の前に現れないで!(去る)」
○田中家・リビング(朝)
和夫と井上がコーヒーを飲んでいる。
和夫「!?デートしたのか!!一郎が!?」
井上「そ、そうみたいですけど…」
和夫「そうか。一郎もデートするようになったのか」
井上「まあダメだったみたいですけどね」
和夫「一郎もそろそろ彼女とか作らないとな」
井上「…そうですね」
和夫「井上君」
井上「(小声で)井上じゃないんですけど…」
和夫「協力してくれないか!」
井上「え?」
和夫「一郎に彼女が出来るように!」
○田中家・リビング(回想)
一郎(10)と井上(10)がレゴで遊んでいる。
一郎「この人形ってここでいいよね」
井上「いいよ」
一郎「ねえねえ井上。この人形ってここでいいよね」
井上「いいよ!」
一郎「ねえねえ井上。この人形って…」
井上が一郎の持っている人形を奪う。
井上「ここでいいって言ってるだろ!しつけーんだよ!」
和夫(33)がやってくる。
和夫「まあまあ井上君。それくらいにして…」
井上「一郎、お前…人が言ったこと一回じゃわからないんじゃないのか?」
和夫が井上の元へ駆け寄って口をふさぐ。一郎がキョトンとした顔をする。和夫が井上をリビングの端に追いやる。
和夫「井上君!頼むからもうそのことは言わないでくれ!頼む!」
井上「…(涙目でうなずく)」
一郎「なんかあったの?」
○田中家・一郎の部屋(朝)
一郎がベッドで寝ている。
井上「(部屋に入ってきて)一郎!」
一郎「ああ。井上おはよう…仕事は?」
井上が鞄から本を取り出してベッドの上に積み上げる。
井上「読め。全部読め。一文字残らず全部読め。一週間以内にな。一週間後にまた来るからその時までに。来週の今日までに全部」
一郎「一日一冊読まないとダメじゃん」
一郎が顔を上げると井上の姿はもう無い。
一郎が本の表紙を眺める。全部恋愛系の本。
一郎「なんで?」
一郎が本を読み出す。
○公園
井上「ごめん待った?ちょっと電車が遅れちゃって、待ったでしょ?ごめんね。待たせちゃって」
一郎「待ってないよ。井上がここに連れて来てくれたんじゃん」
井上「違うだろ!これは練習なんだから練習!練習!」
一郎「練習?」
井上「相手は俺じゃないの!俺じゃ!井上じゃないの!」
一郎「そうなの?」
井上「俺は女の子なの!女の子!デートの相手の女の子!」
一郎「ごめん…。でも俺、デートするなら、井上とデートするんじゃなくて…」
井上「俺も一郎となんかしたくないよ!」
一郎「!?」
○田中家・一郎の部屋
井上が携帯電話で電話をする。一郎がベッドの上から心配そうな顔で見つめる。
井上「…まじで?そんな時はパーっと遊ぶのが一番だよ。今度の日曜日みんなでパーっと遊ばない?律子ちゃんも友達連れてきてさ。俺も友達連れてくるからさ…」
一郎がつばを飲み込む。
井上「よし!決まりね。じゃあ日曜ね」
和夫がいつの間にか部屋にいる。
和夫「決まった?」
井上「お父さん!いつの間に!?」
和夫「まじで?から」
井上「まじで!?」
一郎「それで決まったの?律子ちゃんとのデートは?いつなの?デートは?」
和夫「いつなんだ?」
井上「和夫さん…もしかして来る気マンマンですか?」
和夫「マンマン」
一郎「いつなの?決まったの?」
井上「だから今度の日曜日だって!16日の日曜日!次の日曜日!」
一郎と和夫がカレンダーを見る。
一郎「やったぁ」
和夫「ごめん…その日無理だわ…」
井上「呼んでないですって…」
○渋谷・ハチ公前
律子と里子(23)が渋谷駅の改札を出てくる。ハチ公前に井上と一郎がいる。
律子「ごめん。待った?」
一郎「ああ律子ちゃんだぁ(井上に背中をこづかれる)ううん。今来たところだから」
律子「(一郎の姿を見つめて)一郎君…」
井上「よし!行こうか。ごめんね。俺、一郎しか友達いなくってさ」
律子「ううん。…いいのよ全然」
井上「じゃあ、行こうかしゅっぱぁつ」
一郎「しゅっぱぁつ」
律子「れっつごー」
井上「(里子の隣に行って)初めましてだね。名前教えてよ」
一郎「(律子の顔を見つめて)なんか俺…ごめんね…悪いことしちゃったみたいだね…」
井上と里子が楽しそうに話をする。
律子「気にしないでただ…」
井上「(振り返って)なんかダブルデートみたいだね」
律子「そんなこと無いわよ!」
井上「今日のデートが終わったらカップルが二組成立したりして」
律子「なに言ってるのよ!」
井上「さぁ行こう!行こう!行こう!」
律子「ってどこ行くのよ!」
○ボーリング場・中
律子「(辺りを見回して)ボーリング?」
一郎と井上がボールを持ってくる。
一郎「ボーリング。ボーリング」
井上「律子ちゃんちょっといい?」
律子と井上がボーリング場の脇に行く。
律子「ちょっと何よ!」
井上「ごめん!黙って俺の頼みを聞いてくれ!一生のお願い!この通り!」
律子「聞けるお願いと聞けないお願いがあるわよ」
井上「里子ちゃんいるじゃん?今日来てる」
律子「うん」
井上「惚れちゃったみたい…俺」
律子「まだ会ったばかりじゃない?」
井上「何かピンと来たって言うか…あるでしょ?そんなこと?」
律子「…そう?で?」
井上「ちょっと協力してくれよ。お願い!(頭を深々と下げる)ダメ?」
律子「それは…聞けるお願いね」
井上「ありがとう」
一郎がレーンに立ってボールを構える。
一郎「井上ー!もう投げていいのー?」
井上がレーンに走る。
井上「おお。投げて!投げて!投げちゃって(律子の方に振り返って)じゃあ頼むね」
律子がウィンクをする。
一郎の声「よっしゃぁ」
一郎がストライクを出す。
律子「一郎くん!すごい!!」
里子「次、私の番」
井上「よしっ!がんばって」
里子がレーンに入る。井上が席に座る。
井上「律子ちゃんはどこに住んでるんだっけ?この辺に住んでるの?それとも遠くに住んでるの?(一郎に目くばせをする)」
律子「大森ってところよ」
井上「え!?大森?」
律子「うん。大森」
井上「大森に住んでるんだ!?まじ!?一郎ん家の近くじゃん」
律子「え!?一郎君どこに住んでるの?私はミスドの裏のマンションに住んでるよ」
一郎が不思議そうな顔をしている。
井上「すっげー!?一郎ん家の近くじゃん!チャリで行けちゃう距離だよ!」
律子「そうなの!?よろしく、一郎君」
一郎が訳もわからず笑顔で握手をする。
井上「なんか運命感じちゃうよね」
里子の声「やった」
里子がストライクを取る。
里子「見た?見た?今の見た?」
一郎「見てな…」
井上「(遮って)見た。見た。すごいじゃん(里子とハイタッチする)じゃあ次、俺の番ね。続くから見てて(レーンに向かう)」
井上がチラッと席を見る。里子が井上に向かって手を振る。その奥で律子と一郎が楽しそうに話をしている。井上が微笑んで投球をする。
○ゲームセンター・中
井上と里子と律子と一郎が並んでゲームセンターに入ってくる。
里子「ねえねえプリクラ撮ろプリクラ」
律子「プリクラ♪プリクラ♪」
里子と律子がプリクラの機械に走る。
一郎「(井上に近づく)なあ井上」
井上「ん?」
一郎「俺、やっぱり律子ちゃんの事が好きみたいだよ」
井上「(ニコッと笑って、律子の元へ走っていく)ねえねえ2人ずつで撮ろうよ(里子の隣に行って)二人で一緒に撮ろう?(律子に目くばせをする)」
里子「ええーみんなで撮ろうよ…」
律子「そうね4人だと狭いから2人ずつ撮ろうか」
井上が一郎にウィンクする。
○公園(夕)
街灯が少なく薄暗い公園。
井上と里子が並んで歩いている。井上達から少し離れて一郎と律子が歩いている。
一郎「(ベンチを見つめて)ねえねえ。ちょっと休まない?」
律子「え!?でも…(井上達を見る)」
一郎「ちょっと疲れちゃったから…(律子を見つめる)」
律子「ふー…しょうがないわね(井上達に向かって)ねえ。ちょっと休んでいかない?(井上達の姿が見あたらない)あれ?ちょっと…あなたの友達いな…(振り返る)」
すでに一郎はベンチに腰掛けている。
一郎「(ハンカチで拭いて)ここ空いてるよ」
律子「ふー。あ…ありがとう(座る)」
○公園・外(夕)
井上が里子の手をつないで走る。
里子「ちょっと井上君!!ストップ!ストップ!もう走れないよ(里子が井上の手をふりほどいて、止まる)」
井上がそのまま走り去っていく。
里子「ちょっと!!何なのよ!!」
○公園(夕)
律子「…あの…今日はありがとうね」
一郎が微笑む。
律子「楽しかったわ…一郎君のおかげで」
一郎「きれいな夕日だね」
律子「…そうねとっても」
律子「…本当言うとね、今日、本当は乗り気じゃなかったんだ…でも来て良かった一郎君と初めて会ったときの事覚えてる?」
一郎が微笑む。
律子「私、あそこの会社に入社出来たんだけど、やってることは毎日お茶くみ…」
一郎「見てみて夕日ががきれいだよ」
律子「そうね…結局あそこの会社は新卒じゃないと出世できないのよ!!能力主義だなんて言ってるけど結局はうわべだけなのよ!!」
一郎が微笑む。
律子「ちょっと一郎君!聞いてる?」
一郎が微笑む。
律子「女はみんな足かけだと思っているのよ!あの会社は!!どう思う?私の考え方って間違ってると思う?やる気があれば男とか女とかなんて関係ないんじゃないの?やる気だけは負けないんだから!!」
一郎「…」
律子「ねえ?」
一郎「律子ちゃん…」
律子「ん?」
一郎「お、俺と付き合ってくれ」
律子「は!?何それ?バカにしてるの?」
一郎が微笑む。
律子「それとも私が言ったこと難しかった?一回聞いただけじゃ理解できなかった?」
一郎がショックを受けた顔をする。
○診察室(回想)
医者「物事を理解するのに最低三回は同じ事を繰り返し聞かないと記憶として定着しないようです」
一郎(7)が医者の事を見つめている。
○田中家・リビング(回想)
井上「人が言ったこと一回じゃわからないんじゃないのか?」
一郎(10)がキョトンとした顔で井上(10)を見つめる。
○公園・ベンチ(夕)
一郎がショックを受けた顔をする。
律子「ちょっと聞いてるの?一郎君?」
一郎が立ち上がりうつむいて、ふるえる。
一郎「(走り出す)うそだ!!うそだぁ!!」
律子「ちょっと一郎君!!どこ行くの!?」
○田中家・リビング(夕)
一郎「(走って来て)お父さーん!」
和夫の姿は無い。一郎が辺りを見回す。
家の外からエンジン音がする。
一郎が外に出る。
○同・外(夕)
一郎が外へ出るとちょうど和夫の乗った車が出発する。一郎が自転車に飛び乗って、和夫の車を追いかける。
一郎「お父さーん!!」
○車・中(夕)
和夫の携帯が鳴る。和夫が携帯に出る。
和夫「おお井上君!どうだった?…そうか後は、一郎しだいか…そうかぁ」
助手席にシュークリームの箱。
○駐車場(夕)
一郎が自転車で駐車場に入る。駐車場に和夫の車がある。一郎が自転車を降りて辺りを探す。
○墓場(夕)
和夫がお線香に火をつけてお墓に供えて手を合わせる。
和夫「元気にしていたか?…今日でもう22年か…お前が死んで…(シュークリームをお墓に供える)もう一郎も恋をする年になったんだぞ。宏美の好きなシュークリーム買ってきたぞ(笑顔でお墓を見上げる)」
お墓には『田中家の墓』と書かれている。
一郎の声「誰のお墓なの?」
和夫「(びっくりして)い、一郎!?何でここに…」
お墓に『田中宏美』の文字。
○事故現場(回想)
乗用車とトラックが衝突している。パトカー・救急車が集まっている。和夫が担架で運ばれる。
和夫「一郎は?息子は?」
一郎がぐったりしている宏美の手から救急隊員に抱きかかえられて乗用車から外に出される。一郎が後頭部から血を流しながらびぇんびぇん泣いている。
救急隊員「息子さんはご無事です」
和夫「宏美は!?妻は!?」
宏美がぐったりしている。
○墓場(夕)
一郎「そ、そんなぁ…(走り出す)」
和夫「一郎!待ちなさい!!(走り出す)」
○田中家・リビング(夕)
和夫「一郎!!」
リビングに一郎の姿はなく、代わりに井上がくつろいでる。
井上「どうかしたんすか!?」
和夫「どうかしたよ!!(走り出す)」
井上が和夫の後に付いて走って出て行く。
○町中(夕)
和夫・井上「一郎ーー!!」
曲がり角に到着する。和夫と井上が二手に分かれて一郎を探す。
○律子の家・前(夕)
井上が律子の家のインターホンを押す。
律子「井上君!!どうしたの!?」
井上「一郎来てないか?」
律子「来てないわよ!!なんなのよ!!」
井上「そっか。邪魔したな(去ろうとする)」
律子「ちょっと、気になるじゃない!!」
井上「一郎の事はもう気にしないでくれ!!…忘れてくれ…で…もう一郎には会わないでくれ…頼む。こんな事言うのは…あれだけど…一郎は律子ちゃんとは違うんだよ!!そっとしておいてくれ!!(走り去る)」
律子「ちょ、ちょっと…」
○墓場(夕)
和夫が墓場に走って入ってくる。一郎が宏美の墓の前に立っている。
和夫「一郎!」
一郎「(振り返る)…父さん…あ…」
和夫がものすごい形相をしながら一郎の元へ近づいてくる。
一郎「(目をつぶって)ごめんなさい(ゆっくりと目を開く)…お父さん!?」
和夫「(涙)ごめんな…一郎…ごめんな…」
和夫が一郎に抱きついて声をあげて泣く。
○田中家・リビング(朝)
和夫が食事をしている。一郎が目をこすりながらリビングに現れる。
一郎「おはよう」
和夫「(気まずい顔をして)おはよう…昨日はごめんな…昨日の事…昨日は悪かった…」
一郎「(不思議そうな顔で)昨日?なんかしたっけ?」
和夫「覚えてないのか?昨日の事覚えてないのか?昨日の夕方のこと覚えてないのか?」
一郎「だから…何?」
和夫「…ならいいんだ。そういえば一郎。今日面接だって言ってなかったか?面接に行くって…面接…」
一郎「あー!!(走り出す)」
○街(朝)
スーツを着た一郎が走る。
一郎「すいません。通ります」
一郎が人混みをかき分けて走る。一郎が女の人にぶつかってしまう。
一郎「すいません(会釈をして走り出す)」
ぶつかられた女の人が一郎の方を振り返る。ぶつかられた女の人は律子。
律子「大丈夫です…。い、一郎君?」
一郎の姿はもう見えない。律子が前に歩き出す。
一郎が立ち止まって振り返る。
律子の姿は人混みに紛れている。
一郎が首をひねってから走り出す。
○田中家(夕)
一郎がスーツを脱いで着替えている。机の上にメモ用紙が置いてある。
『部屋の掃除をしておきなさい 和夫』と書かれたメモ用紙。
一郎「わかったよ」
一郎が部屋を見回すと部屋が汚い。机をかたづけていると、一郎と律子がツーショットで写っているプリクラ。一郎がプリクラを眺める。
○律子の会社(夕)
律子が一郎と律子がツーショットで写ったプリクラをボーッと眺めている。
男の声「高橋君!!」
律子「(立ち上がり)は、はい!」
男の声「この頼んでたこれ、全然数字が違うじゃないか!!ったく腰掛けで会社に来られちゃ困るんだよ!!」
律子「すいません!!」
○田中家・外(夕)
井上が田中家から出てくる。
井上「じゃあまた来ます。さよなら」
井上がポケットに歩きだす。角を曲がったところで人とぶつかってしまう。
井上「あっ!!すいません」
女の人の声「こちらこそすいません!!あっ!!」
井上が顔を上げると律子が立っている。
井上「律子ちゃん!!何でこんな所に!!家こっちじゃないでしょ?」
律子「…」
井上「…そっとしといてくれないか…あいつは…一郎は普通の人とは違うんだ…」
律子「私はただ…一言謝ろうと思って…」
井上「(律子の言葉を遮って)一言じゃわからないんだよ!!」
律子「…」
井上「…あいつさ…一回聞いただけじゃわからないくせに三回聞いたことは二度と忘れないんだよ…」
律子「なんなの?…」
井上「…頼むからもうあいつをこれ以上傷つけないでくれ…頼む…もう会わないでやってくれ…(頭を深々と下げる)」
律子が悲しそうな顔で井上を見つめる。
○和夫の会社
和夫と社長が話をしている。
社長「頼むよ!君に我が社の社運がかかってるんだから」
社長が和夫の肩を叩く。
○田中家・リビング(夕)
和夫がリビングに入ってくる。
和夫「ただいま…」
一郎「おかえり」
和夫「…一郎…ちょっといいか…?話があるんだけど…大事な話があるんだ…一郎に聞いて欲しい話があるんだ…」
一郎「なぁに?」
和夫がノートを鞄から取り出して一郎の隣に座る。和夫がノートに日付を書き込む。18日の所に丸印をつける。
一郎「お父さん今日は15日だよ」
和夫「…急な話なんだが…いきなりな話なんだが…すっごい急な話なんだけど…」
和夫がノートに『北京』と書く。
和夫「ぺきんだ。中国の首都の…中国の…オリンピックの北京だ」
和夫が『北京』の後に『到着』と書く。
一郎「北京到着?」
和夫「実はお父さんの会社で中国に工場を造ることになって…お父さん中国に行かなくっちゃいけないんだ…中国に出張…」
一郎「すごいじゃん。お土産買ってきてね」
和夫「…いつ戻れるかわからないんだ…日本に帰れるのがいつになるかわからない…日本に戻ってこれるかわからないんだよ…」
一郎「え!?でも18日には…出発でしょ?そんな…急…」
和夫「一郎も、もう大人だからな…子供じゃないから…立派な大人だからな…(大きく息を吸い込み)会社からは一郎の分のチケットも、もらってるんだ…」
和夫が鞄から航空券を取り出して一郎に渡す。チケットには『タナカイチロウ』と書かれている。
和夫「…一郎が決めなさい。ここに残るか…一緒に行くかは…でも…一郎はここに残りなさい。会社にはチケット返してくるから…一郎はこの街が大好きだろ会社からは給料の他に現地での生活費も支給されるからでもあんまり使っちゃダメだぞお父さん帰ってきたときに使うお金も残しておいてもらわないと」
一郎「ちょ、ちょっと待ってよ!!いっぺんに色々言われてもわかんないよ!!…僕が中国に行くかどうかって、いつまでに決めなくちゃいけないの?」
和夫「…明後日だ。17日。明後日の17日には」
○公園(夕)
一郎と井上がベンチで話をしている。
井上「(びっくりして)え!?明後日までに?」
一郎「井上は…どう思う?」
井上「俺は…俺は…俺は…」
一郎「俺は?」
井上「一郎は…一郎は…一郎は…」
一郎「俺は?」
井上「やっぱり家族は一緒に住んだ方がいいよ。友達とかは一郎だったらすぐ出来ると思うし住めば都って言うし…」
一郎「どういう事?」
井上「お父さんと一緒に行け!家族と一緒に過ごせ!中国にお父さんと一緒に行け!」
一郎「…そうか…わかった」
井上「わかったらさっさと帰って準備しろよ!しあさってにはもう日本をでるんだろ!?」
一郎「…」
井上「早く行け!ってんだよ!早く帰って準備しろってんだよ!」
一郎「…わかったよ取りあえず帰るよ。じゃあね(公園を出て行く)」
井上「じゃあな(大きなため息)」
○田中家・一郎の部屋(朝)
一郎が部屋をかたづけている。
一郎「これは使える。これは…捨てちゃうか。これは…」
一郎が物を上に上げると律子と一郎のツーショットのプリクラが落ちる。一郎がプリクラを手に取って眺める。
和夫「(急に現れて)どうするか決めたか?」
一郎「(プリクラを隠して)お、お父さん!!」
和夫「どうかしたのか?まあいいやどうするか決めたのか?一緒に行くか。ここに残るか…どうするのか?」
一郎「ま、まだ決めてないよ(部屋を出る)」
和夫「そうかぁ…」
和夫が一郎が部屋を出て行ったのを確認してから一郎が隠した物を見る。
一郎と律子のツーショットのプリクラ。
一郎「お父さん!!」
和夫がビクッとしてプリクラをポケットにしまう。
和夫「(振り返って)一郎!!どうした?何も見てないぞ…別にそんな…」
一郎「(遮って)欲しい物があるんだけど」
○家電量販店
一郎がICレコーダーを手に取る。
一郎「これ」
和夫「ICレコーダー?」
一郎「これがあれば一回言われた事でも理解できるじゃん」
和夫「一郎…お前…」
○街中(夕)
一郎がICレコーダーで街の人の会話を録音しながら歩いている。
ICレコーダーの声「居酒屋オープンしました!割引券です!どうぞ!居酒屋オープンしました!割引券です!どうぞ!居酒屋…」
一郎が慌てて今来た道を戻る。
一郎「居酒屋がオープンするんですか?」
居酒屋のバイト「はい!割引券配ってますんでよろしければどうぞ」
一郎が割引券を受け取って歩き出す。一郎がICレコーダーに向かって。
一郎「街では割引券やら、ティッシュなんかを配っているのに、ほとんどの人は受け取らない」
一郎がふと前を向くとスーツを着た律子が歩いている。一郎がICレコーダーに向かって。
一郎「律子ちゃんを見つけた。この町を出るかもしれないことを言わなくちゃいけない」
一郎が小走りで律子に近づく。
一郎「律子ちゃーん」
律子が一郎に気がつく。
○田中家・外(夕・回想)
井上「頼む…もう会わないでやってくれ…」
井上が律子に深々と頭を下げる。
○街中(夕)
律子が一郎に背を向けて小走りで走り出す。
一郎が立ち止まる。
一郎「律子ちゃん…」
一郎がICレコーダーに向かって。
一郎「…律子ちゃんは俺の事…嫌いみたいだ…律子ちゃんとはもう会わない方がいいかもしれない…会うと律子ちゃんを傷つけてしまうから…」
○田中家・一郎の部屋(夜)
一郎がベッドに横になりながらICレコーダーを耳に当てて聞いている。
ICレコーダーの声「律子ちゃんとはもう会わない方がいいかもしれない」
○田中家・リビング(朝)
和夫と一郎が朝食を食べている。
和夫「どうする?一緒に行くか?それともここに残るか?どうするか決めたのか?どうするんだ?」
一郎「…お父さんと一緒に行く事にする」
和夫が笑顔になる。
和夫「そうか…そうかそうするかわかったわかったよ」
○「引っ越し当日」
○田中家・リビング(朝)
段ボールが積み上げられている。
井上がやってきていて、和夫と一郎と一緒に引っ越しを手伝っている。
和夫「一郎!一郎!一郎!ガムテープ持ってきてくれぇ!ガムテープを持ってきて…」
一郎がICレコーダーを耳に当てる。
一郎「(遮って)わかったよ」
一郎がICレコーダーを置いて、リビングを出て行く。
和夫が一郎がリビングを出て行ったのを見届けて井上のそばに来てポケットからプリクラを取り出して井上に見せる。
井上「…何でお父さんがこれを…」
和夫「一郎がこれを見て、物思いにふけってたんだけど…井上君…何か知らないか?」
井上「飛行機って何時に出るんでしたっけ?」
和夫「え!?」
井上「何時の飛行機なんですか?」
和夫「16時の飛行機だけど…」
井上が走ってリビングを出て行く。
一郎「ガムテープ持ってきたよあれ?井上は?」
和夫「ジュースでも買いに行ったんじゃないのか?」
○田中家・外
引っ越し業者がトラックに荷物を詰める。
一郎と和夫が引っ越し業者の様子を見ている。
一郎「ねえ。お父さん」
和夫「ん?」
一郎「井上は?」
和夫「わからない」
引っ越し業者「これで荷物は全部ですか?」
和夫「は、はい。ありがとうございます」
一郎「ねえ。お父さん。井上は?」
和夫「わからないよ」
引っ越し業者「じゃあ、すいません。こちらにサインお願いします」
和夫「はい」
一郎「ねえねえ。お父さん、井上は?」
和夫「わからないって!」
一郎「そうかぁ…」
一郎がシュンとなる。
○空港・ロビー
一郎と和夫が空港のロビーで飛行機を待っている。一郎がポケットからチケットを出して眺める。
チケットには【16時羽田→北京】と書かれている。
一郎が空港の時計を眺める。
空港の時計は【14時】を差している。
和夫「一郎。どうした?」
一郎「…」
和夫「どうした?どうかしたのか?」
一郎「!!う、ううん何でもないよ」
一郎がポケットに手を突っ込む。
一郎「!!」
和夫「どうした?」
一郎が服に付いているあらゆるポケットの中を探す。
一郎「あれ?あれ?」
和夫「忘れ物か?」
一郎が手荷物を開けて中の物を取り出して物を探す。
一郎「ICレコーダーが…」
和夫「大きい荷物の中に入れちゃったんじゃないのか?」
一郎が一生懸命、手荷物の中をあさって探す。
一郎「ICレコーダーが…」
和夫「引っ越し業者さんが先に持ってっちゃったんじゃないか?」
一郎が和夫の顔を見つめる。
一郎「ICレコーダーが…」
○街
井上が走っている。
時折腕時計を見ながら。
○オフィス・中
律子がため息をつきながらパソコン画面を眺めて仕事している振りをしている。
警備員の声「ちょっと部外者の方は困ります」
律子が声のする方を見ると井上が警備員に止められながらオフィスに入ってくる。
律子「井上君!!」
井上が律子を発見する。
井上「律子ちゃん!!」
警備員「ちょっと困ります!!」
井上「ちょっと離せよ!!」
井上が律子の元へ来る。
律子「ちょっと。井上君!何してるの?」
井上「ちょっと来てくれ!一郎が!」
井上が律子の手を引っ張って外へ連れ出そうとする。
律子「ちょ、ちょ…」
律子の上司が近づく。
上司「ちょっと何の騒ぎだね?高橋君!!また君かね?」
律子「私は何もしてないです」
井上「いいから!早く来てくれ!一郎が行っちゃうんだよ!」
井上が律子の手を引っ張る。
上司「高橋君!今日の仕事はもう終わったのかね?」
律子「…まだです」
井上「仕事と一郎とどっちが大事なんだよ!!」
律子「…そんな、それは」
上司「(遮って)どっちなんだ?仕事とそいつと!」
律子「…」
井上「行くよ!」
上司「高橋君!!」
律子が叫ぶ。
律子「ちょっと待って!!」
シーンとするオフィス。
律子「ちょっと待ってよ…まず話を聞かせて」
○空港・ロビー
アナウンスが流れる。
アナウンス「16時発、北京行き。最終ご搭乗のご案内です」
和夫「ほら、一郎。行くよ」
和夫が一郎の腕を引っ張る。
一郎が首を左右にブルンブルンと振る。
和夫「どうしたんだ?行くよ。ほら行くよ」
一郎「井上とまださよならしてない…」
和夫「井上君も色々と忙しいのかもしれないよ?井上君にも色々あるんだよ…」
一郎「井上とまださよならしてないんだよ…」
和夫「一郎…でも…」
一郎が和夫の顔を真剣な顔で見つめる。
一郎「井上にさよならって言えてないんだよ…」
和夫「…わかったよ」
和夫が一郎の隣に座る。
アナウンス「16時ちょうど発北京行きの最終ご搭乗のご案内です」
和夫が腕時計を見つめる。
和夫「あと、ちょっとだけ待ってみようか。ちょっとだけ。出発の時間があるからちょっとだけ待ってみようか…」
一郎「うんわかった」
客室乗務員がエントランスゲートから出て叫ぶ。
客室乗務員「お客様で16時ちょうど発の北京行きご搭乗のお客様いらっしゃいませんか?いらっしゃいましたら、16番ゲートまでお急ぎください。まもなく出発のお時間です」
和夫「一郎!」
客室乗務員「まもなく出発のお時間です」
和夫「一郎!」
客室乗務員「もうまもなく出発のお時間です」
和夫「一郎?」
一郎「行こうか」
和夫「そうか」
一郎と和夫が手荷物を持ってエントランスゲートへ向かう。一郎が急に後ろを振り返る。
一郎「井上の声だ!!」
和夫「気のせいじゃないのか?」
一郎「井上の声がする!!」
和夫が辺りをうかがう。
和夫「気のせいじゃないのか?」
井上の声「…ろー…いちろー…一郎」
井上が一郎と和夫の前に現れて肩で息をする。
井上「ハァハァハァ。…これ」
井上がポケットからICレコーダーを取り出して一郎に渡す。
一郎「…井上」
客室乗務員「北京行きご搭乗のお客様ですか?」
和夫「そうです」
客室乗務員「急いでください。まもなく出発いたしますので」
井上「ハァハァ。これ…な、中で聞いてくれ。ハァハァ。飛行機の中で…き、聞いてくれ。必ず聞いてくれ」
一郎「わかったよありがとう」
和夫「一郎。もう行くよ。出発の時間だから。行くよ」
一郎「うん」
一郎と和夫がエントランスゲートをくぐる。
井上「一郎!!」
和夫が一郎の背中を叩く。一郎が井上の方をチラッと見る。
井上「じゃあな」
井上が笑顔で親指を立てる。
一郎が無言で親指を突き立てる。
一郎と和夫が奥に消えていく。
井上がその場に仰向けに倒れ込む。
井上「じゃあな。一郎」
○飛行機・中
一郎が飛行機の座席でICレコーダーを取り出して耳に当てる。
ICレコーダーからは井上の声が聞こえる。
ICレコーダー「一郎!お前。俺が寂しがってると思ってるだろ?そういうのなんて言うか知ってるか?」
客室乗務員が一郎に近づく。
客室乗務員「お客様。電子機器のご利用は避けてください」
和夫「すいません」
一郎が客室乗務員が去っていったのを確認してからICレコーダーのスイッチを入れる。ICレコーダーからは井上の声が聞こえる。
ICレコーダー「そういうのなんて言うか知ってるか?思いこみって言うんだぞ。お前が勝手に思ってるだけ…」
一郎がリピート再生をして悲しそうな顔をする。
ICレコーダー「…ごめん。嘘付いてた。俺、嘘をついてた。寂しくないわけ無いじゃん。悲しくないわけ無いじゃん。辛くないわけ無いじゃん。でも、それはお父さんも一緒だ。一郎がここに残ったら、お父さんが同じ思いをする。たった一人の家族なんだから…ファミリーは大切にしないとな…」
一郎がリピート再生をして感動して泣きそうになっている。
客室乗務員が一郎に近づく。
客室乗務員「お客様!電子機器のご使用はご遠慮ください!」
和夫「すいません」
一郎が客室乗務員が去っていったのを確認してからICレコーダーのスイッチを入れる。
ICレコーダー「俺らは一生友達だからずっと待ってるよ…」
ICレコーダーからの声に一瞬間が空く。
一郎がリピート再生をしてICレコーダーのスイッチを切ろうとするとICレコーダーから井上の声がする。
ICレコーダー「ほらしゃべれよ!」
ICレコーダーから律子の声がする。
ICレコーダー「何をしゃべればいいのよ!」
ICレコーダーから井上の声。
ICレコーダー「一郎ともう会えなくなるかもしれないんだぞ!!思ってることを言えばいいんだよ!!」
ICレコーダーから律子の声。
ICレコーダー「い、一郎君…井上君からぜーんぶ聞いたわ…中国に行っても頑張ってね…ごめん。こんな事言っちゃダメかもしれないけど…私、一郎君と会わなくなってからずっと一郎君の事考えてた…一郎君の事を考えて、考えすぎて仕事も手に付かなかった…(泣き声で)ごめん…行かないで…」
客室乗務員が一郎に近づく。
客室乗務員「お客様!!何回言えばわかるんですか!!電子機器の…」
一郎「(遮って)三回です!!」
一郎が席を立ち上がって飛行機を出て行く。
和夫「い、一郎!!」
○飛行場
一郎がエントランスゲートを飛び出してくる。
空港職員が一郎を止める。
空港職員「お客様。どちらに行かれるんですか?」
一郎「律子ちゃーん!律子ちゃーん!」
空港職員「ちょっと誰か来てくれ!!」
警備員もやってきて一郎を羽交い締めにする。
警備員「どうしたんですか!」
空港職員「お客様が柵を乗り越えて…」
一郎「離してくれよ!離せって!律子ちゃーん!」
警備員「取りあえず事務所に…」
空港職員「お客様!外に出られたらもう、場内には戻れませんよ!」
一郎「離してくれよ!律子ちゃーん!」
乗客達が一郎をじろじろと眺める。
警備員「取りあえず事務所に連れて行きましょうか…」
一郎が暴れる。
一郎「離せって…」
警備員「ほら!暴れるな!」
空港職員「警察呼びますか?」
警備員「そうしてもらえますか」
一郎「律子ちゃーん!律子ちゃーん!」
律子の声「一回言えばわかるわよ」
一郎が振り返ると律子が笑顔で立っている。
一郎「律子ちゃんだぁ」
警備員「お知り合いですか?」
律子「ええ。まあ」
一郎がICレコーダーを聞いて。
一郎「そうか律子ちゃんは一回言ったらわかるのか」
律子「まあね」
一郎「ちょっと、もう暴れないから離してくれよ」
律子「すいません。私からもお願いします」
律子が、かわいく警備員を見つめる。
警備員「…わかりました」
空港職員「もう飛行機は出発してしまいますからね」
一郎が律子の顔を見つめて。
一郎「話があるんだ…」
律子「…なあに?」
一郎「一回から言わないからよーく聞いてて欲しい…」
律子「(ゴクリ)」
一郎「…俺と付き合ってくれ」
律子「…」
一郎「(ゴクリ)」
律子「…もう二回も聞いたよ」
一郎「…」
律子「…こんな私で良ければ…」
一郎「…」
律子「(律子がハッとして)…こんな私で良ければ。こんな私で良ければ」
一郎が満面の笑みになって律子に抱きつく。
空港にいる人たちが一郎と律子の抱擁シーンを眺めている。
○田中家
生活感がある田中家。
目覚まし時計が一郎の部屋から鳴り出す。
律子が階段の下から一郎の部屋に向かって叫ぶ。
律子「一郎!!朝よ!!朝よ!!朝だよ!!」
一郎の部屋の扉が開いて一郎が目をこすりながら出てくる。
一郎「おはよう」
一郎がスーツに着替えて、リビングに降りてきて、朝ご飯を食べる。一郎が辺りをキョロキョロと伺って律子に。
律子「あれ?お父さんは?」
律子「だから!出張に行ってるって」
終
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